

| 20日の競馬法改正案の審議を中継で拝見いたしました。 この日のご審議では、民主党の先生方から、やむなく生産をやめる農家のための補助対策や、先生が最後にご質問下さった、「生活の中で馬を楽しむ」方向での施策のご質問があり、大変救われた思いがいたしました。 今回の改正案は、競馬の売上げ低迷により生活保障の必要な方々が大勢おられることから、私どもも基本的に反対ではありません。 しかし、日本の馬文化の今後を考えますと、馬券の売上げ維持や、関係者の生活保障のみに議論が終始してしまうのは残念とも感じております。 大臣の答弁からも伺われましたように、現在の日本で、馬関連の施策は農水省(競馬・乗馬・馬術は競馬監督課、肉用馬生産や馬関連統計は馬事班)の指導のもとに行われ、JRAその競馬関連団体が予算化し助成する構造になっています。 本来でしたら(競馬が盛んな諸外国はそうです)、馬文化の底辺には、乗馬などみじかな馬と人との深い関係があって、そこから競馬を楽しむ文化も生まれるものですが、日本では戦後から今に至るまで、残念ながらそうなっていないと感じます。馬文化の特化した形態である「競馬」が、みじかな馬文化にかかわる事業まで裁量権をもつようになった結果、どうしても、後者が、後手にまわりがちなのです。 そんな状況で、「競走馬は経済動物である」という競馬関係者の決まり文句がいつのまにか生まれました。 しかし、馬はたんなるパチンコ台でもキャベツでもなく、人と深い信頼関係をきずき、こちらの愛情に必ず応えてくれる動物です。それだからこそ、馬と人がともに築き上げてきた文化が世界中で継承されているのですし、馬を粗末に扱う国は尊敬されないのだと思います。 先生がお話なさった「シービスケット」の国、アメリカでは、馬肉を食べる習慣がないこともあって、現在、国内での馬の屠殺を禁じる法案まで提出されており、大勢の国会議員がスポンサーとなり、なんと競馬団体もこぞってこれを支持しているそうです。日本は馬肉を食べる地域文化もありますので、同じ状況にはなりえないと思いますが、彼ら米国の競馬ファン、競馬関係者が、いかに真剣に競走馬を愛しているかは伝わってきます。 現在、日本の競馬ファン(とくに女性ファン)からも、引退競走馬の行く末について心配する多くの声があがっています。 日本では、現役を引退した競走馬のうち、乗馬として再スタートを切れるのはわずかであり、多くが食肉になってしまいます。競馬ファンの中でもとりわけ女性は、競馬を始めて何年かたつとこの現実にぶつかり、いやにやってやめてしまうという傾向があります。こうした声に完全に応えることは無理でも、もう少し具体策をとり、少しでもそうした数を減らす努力をすることは可能ではないかと思います。 たとえば、JRAの騎手・厩務員養成学校では練習用の馬をたくさん繋養しています。ところがここでは引退した競走馬は使わずに、ニュージーランドから乗馬をわざわざ輸入して使用しています(何年か前に確認した事実で関係者の間では周知のことがらです)。 こうした施設が、全体の何割かであっても引退競走馬を再調教して使うようにすれば、主催者自ら、引退競走馬の仕事場を確保していることになり、ファンから強い支持が得られるに違いないと思います。 これはほんの一例ですが、今後、衆議院での審議におかれましても、委員の先生方から、みじかな馬文化、競馬ファンや国民の馬を愛する気持ちを大切にし、育て、それに少しずつでも応える施策がとられるよう、さらにご質問をいただけましたら大変幸いに存じます。 以上、メールで大変失礼とは存じますが、御礼とお願いを述べさせていただきました。 なお、私どもの会では、馬文化にかかわる各種資料を収集しておりますので、必要な資料等がございましたらお申し付けいただければと存じます。 |
| 2004年4月28日 馬の保護管理研究会 青木玲 |