郡司 彰
ぐんじ あきら
参議院議員/茨城選挙区

[2003年10月7日]

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■BSE感染経路最終報告について
 7日付の朝刊各紙は “国内8頭目” “BSE初の2歳未満” “新型のBSEか” との見出しが踊り、茨城県の食肉処理場で解体された牛が、牛海綿状脳症であるとの厚労省専門家会議の判断を報じています。勿論、流通している牛肉は全頭検査体制の下で安全であるとの記述もあり、'01年の様な騒動にはなっていませんが、これ迄と異なるケースであり、感染の解明が求められています。

 これに先立ち、2001年9月に、日本で初めてBSE感染牛が確認されてから2年後の本年9月30日に、感染経路の最終報告が「BSE疫学検討チーム」によって公表されました。報告内容は既略次の様なものです。

 一昨年に確認されたBSE感染牛は、'82年又は'87年に輸入された生体牛の中に感染牛がいて、これが肉骨粉になり、国内で感染、更に肉骨粉になり感染源となったか、'90年以前にイタリアから輸入された肉骨粉によって感染した牛が肉骨粉となり、感染源となった可能性がある。つまり二次感染の可能性が高いとするもので、今後'06年までに18頭〜33頭程度の感染牛が出るだろうと言う内容であります。また'82年、'87年に輸入された牛は英国からで計14頭、'90年までのイタリアからの肉骨粉輸入量は650万tということも判っています。

 これらに関するマスコミの論調は、感染経路が特定できなかった点、二次感染の可能性が大である点、そして、農水省は消費者の不満忘れずにとの観点が多いと感じられます。私は今回の報告によって、日本がBSE輸出国で在った点を指摘したいと思い、この一文を書いています。

 参議院は発生(当時の認識)間もない'01年9月20日に、初めてBSEに関する閉会中審査を行い、私も感染の可能経路その他について質疑を行ないました。その後、数回の質疑を重ね、各国の資料を読む内に一つの疑問が生じて来ました。それが “二次感染ではないのか” であります。

 '02年3月7日、前日衆議院本会議で成立した平成14年度予算は参院へ送付され、参議院予算委員会での基本的質疑を開催、私も質問する機会を得ました。私は再三に亘り武部農水大臣に二次感染の可能性について質しました。大臣答弁は「基本的には一次感染という認識ですが、云々」に終止し、他の答弁では前10年間の日本からの輸出について次の様な数字を明らかにしています。「我が国から生きた牛については台湾、米国等8か国・地域に411頭、牛肉については韓国、香港等28か国・地域に974頭、肉骨粉については香港、中国等6か国・地域に352kahA骨粉については韓国、中国等10か国・地域に1,467tが輸出されている‥云々」

 当時すでに米国は、会計監査院が日本からの輸入牛や牛肉等に対して万全な措置が取れなかったから、米国も危ないと発言していましたが、そうした判断をする材料ともいえる資料の一つが「BSEの地理的リスクに関する科学運営委員会の最終的見解」と見られます。この中で、日本の場合はレベル3に相当すると記され、それは不安定なシステムが循環しているとの意味であり、正に今回の報告により、'01年の発生はレベル3の増幅・拡大の時期に当っていたことになります。問題は、では今回の最終報告によって日本政府・農水省が何を行ったかが一向に伝わってこない事にあります。

 アジアの各国がどの様な検査体制を確立しているのか判然としないものがありますが、単に国内にのみ発表したとすれば、「BSE問題に関する調査検討委員会」が指摘した “重大な失政” “行政の不作為を問われかねない” を再び輸出した各国において繰り返す事になると懸念しています。日本における'01年の初の確認が、報告どおり二次感染であったのならば、恐怖の連鎖は偶然止まることを得たのであり、矢面に立たされた生産者は今にして救世主であったと言える存在ではなかったのでしょうか。

 予算委で二次感染を指摘する私に対する農水省の冷たい視線は、当時の世論が武部大臣の辞任を求めるものであったため、政局にする為に敢えてあり得ない仮定の質問をしている、との認識であり、各紙の扱いもその枠内に止まっていたと思えます。3年前のJCO事故では原子力の安全神話が、又2年前のBSE発生により食の、特に防疫上の安全神話が崩れたと言われましたが、今回の最終報告は少なくとも私の中では、官僚の意識の中に神話は生き続けている事を露呈したものと映っています。